★ 私儀、甚だ多用にて ★
第三十四章
★ 1 ★
「ねえ、うちの峻ちゃん、来てる?」と、春信は平賀邸新居の引戸を開ける。まるで子供を呼びに来た母親のような口調で。峻ちゃんとは春信の弟子の安藤峻、鈴木春重である。
初夏の暑さに障子を開け離してあった。土間からも居間に揃う者達が見えた。彼らは声の方を振り返ったが、当の峻ちゃんは、よんすとんの摸写に夢中で師匠の声も聞こえぬようだ。そしてすぐ隣では、峻の以前の師匠だった宋が同じ本を描き写していた。
やれやれ、と春信は苦笑する。人を綺麗に描きたいと、宋のところを辞めて自分に入門した峻だったが。今は獅子や駱駝を描くのに夢中だ。そして無礼を言って辞めたくせに、宋とも屈託なく肩を近づけ絵を描いている。何も気にしないのか、又は何も考えていないのか。摩訶不思議な青年だった。
「休憩時間がだいぶ長くないかい?あんたの仕事は山積みだよ」
売れっ子の春信の工房は多忙であり、弟子が油を売っている時間などない。
「あ、すみません」と口では謝るが、筆を止める気色はない。尾まで描き終え、やっと席を立った。
「ところで、源内ちゃんは?二階かい?」
集う人々の中には主人の顔は無い。
平賀は、平屋の二間の借家から出て、梯子で上がる屋根裏部屋がある同じ敷地内の借家へ越した。家財道具が無くなったので引越しのいい機会だと強がりを言った。以前から、書き物をするのに隣室での人声や談笑が気になると言っていた。狭い二階だが、静かさはだいぶ違うらしい。
「いえ。道有さんと出かけました」と峻が躊躇なく答え、あいまいに誤魔化そうとしていた他の者達はあららと顔をしかめる。
「昼間っから蔭間茶屋かい。そんな金があったら、アタシへの借金返してよね」
「道有さんのおごりらしいです」
峻はまた余計なことを言う。
知人・友人が、「家に二つあるので」「もう不要なので」と、食器や桶などの生活用品を譲ってくれた。夜具を貸してくれた者もいた。文机が無くとも、床に紙を置いて書き物はできた。家財道具などなくても、何とか生活できるものだ。
李山が家に戻ると、座敷には春信だけがいて、よんすとんを熱心に見ていた。「源内ちゃん、おかえり」とちらりと視線を上げ、「お楽しみだったようだねえ」とまるで女房のように嫌味を言う。
「珍しいな。仕事はいいのか?」
「よかあないけど、ついつい見ちゃったわよ。とどねうすは花や草の絵だから気付かなかったけどさ、むこうの絵には厚みがあるね。獣の絵だと全然違う。肉の膨らみや脚の丸さをきちんと感じる。
細い線で影をつけてるんだけど、アタシらの版木ではこれができないしね」
李山も、西洋画の影のつけ方は気になっていた。日本の絵も唐の絵も平べったい。影はあるが、対象物でなく床や台に黒く落とす。
確かに、黒い線の部分を残して彫る日本の印刷方法は、あまり細かい線をつけることは難しい。たとえ彫師が丁寧に彫って細い線を残しても、数十枚刷ったら欠けてしまうだろう。
懐には、自分の書き物の下書きがあった。左手で紙を抑えた場所に畳の跡が浮き彫りになっていた。畳に紙を直接置いて書いているせいだ。
「版木でも影をつける方法はあるぞ。紙に本物の影を付ける」
「・・・?」
「刷るのは、色を乗せる目的だけとは限らんだろう」
「あ、そーか。今まで考えたコトもなかったな。刷師にはそれぞれクセがあってね、強く刷る人は時々着物の模様や障子の桟が凹凸になってて、面白いなって思ってた。それを、意識して狙ってやるってことよね。
さすがねえ。擦り師と彫り師に相談してみるわ」
「それに、線で影を付けるのでは無駄かもしれん。日本人は立体に見てくれんだろう。絵師や本草学者は普段から物を観察力する癖があるのだろう、あれを無意識に影と認知するが。見慣れていない者は、象や犀とは体に細かい線が入った生き物だと思うようだ」
実際に、よんすとんの図譜を見て、そう言った者も数人いた。あれを影と認識するには、見る者にも経験値が必要なようだ。
長崎で見た蘭書の挿絵は、李山に「阿蘭陀人は目の構造が違うのか?」とまで思わせた。物は大抵立体であり、奥行きがある。そのことを思い出させた。
日本も唐も、立体を描く意識は稀薄だ。もしかしたら、色の薄い阿蘭陀人の瞳は、黒い瞳よりも光と影をもっと強烈に感じるのかもしれない。それならば、光と影を意識せずにはいられないだろう。
この平面に生きる感覚と立体に生きる感覚は、色々な違いとなって現れている。挿絵で見た蛮国の家は、扉も窓も、前後の空間を使って外や内側へと開く。横にずらして開く日本の家とは発想が違う。衣服も、日本の着物はたたんで平面になるが、蛮国のものは体に合わせて始めから立体に作るのだそうだ。仕舞う時は、たたまず(だいたい、たためない)、衣桁にかけて並べておくらしい。
「源内さん、土鍋は要りますか?」
象の影を、体の一部が黒いのかと問うた超本人、純亭が重そうな風呂敷包みを抱えてやって来た。
「おっと、アタシも長居しすぎたわね」と、春信が立ち上がる。純亭ら堅い学者達が、絵師や文士の取り巻きを好いていないことを、春信はよく知っていた。それに、春信自身、彼らが苦手だった。
「じゃあね。アタシなりの象の絵が刷れたら、一枚進呈するわよ」
そして、『きめだし』と呼ばれる、絵の具をつけずに強く型押しする技法の刷り絵が売り出されるのに、さほど時間はかからなかった。
李山は、紙を斜めにして着物の柄の凹凸を楽しみつつ、長崎で見た蘭書の裏表紙に、こんな型押しのものが多かったことをぼんやり思い出していた。
★ 2 ★
夏の初めになっても腰は重かったが、行かないわけにもいかず、中津川へと赴いた。
田沼と鉱山師の吉田理兵衛へ閉山は告げたが、まだ中島家には何も言っていなかった。吉田からは、労働者らの賃金のこともあるし、閉山は一日でも早い方がいいとの助言を貰っている。高価な本を買ってしまったせいもあり、儲けの見込みのない出費は打ち切らねばならなかった。
先に、野中村の中島家を訪れた。中島家の者達に頭を下げる覚悟はあったが、利兵衛の弟・利右衛門がいつも感情的できちんと話ができないのには辟易していた。今日は外出して不在ということで、鳩渓は安堵した。
草鞋を脱ぐ前に庭へ回り、人参の育ち具合を確認した。気温が低く湿度も低い気候が幸いしてか、発芽したものは八割が順調に育っている。最終的には半分が育つかどうかではあろうが、それでも数年後には金山での出資の幾何かは取り戻せるだろう。嵐や洪水などの災害が無いことを祈ろう。
これは、幕府の許可を得て、藍水のところから種を譲り受けたものだ。涼しい場所の方が成功率が高く、野中村でも試してみたいと田沼に申し入れたところ、許された。おたね人参の育成は幕府の直接管轄であり、勝手に植えたり育てたりはできない。藩で行う時も、届けを出して幕府から種を買い上げる。利益は藩のものだが、毎年、どれくらい成功したか申告しなくてはならない。
研究というのは口実で、火浣布と金山で儲け損なった利兵衛に少しでも便宜をはかりたいという想いだった。
久しぶりに中島邸の敷居を跨ぐ。空気が重い。
家人も勤め人も、意見は二分しているようで、鳩渓への態度や視線でそれはすぐに知れた。主人の利兵衛の心情を理解し、主人の好きな事をさせてやりたいという肯定派と、主人は財産を護るのが義務と考える利右衛門の側に付く者と。火浣布の作業で好意的だった者達も、常に利右衛門に責めたてられる主人を見るのがつらいらしく、金山事業にはいい顔はしていなかった。
旅の荷を解き、利兵衛に「実は、ご相談があります」と座り直すと、利兵衛も覚悟していたようで、はっと目を見開いた。
決定ではあっても、一応、伺いの形で閉山の話題を持ちかける。利兵衛もそれを望んでいたとみえて、二つ返事で承諾した。
「申し訳ない」
頭を下げる鳩渓に、「とんでもない。お武家様がやめてください」と、利兵衛は穏やかに笑った。
「残念な結果ですが、私は楽しかったですよ」
父親が諭すように、話し始めた。
「私は、若い頃からずっと学問が好きで、独学で学んで来ました。父も本草が好きで、父にも学びましたし、ほど近い土地に住む学者に師事した事もありました。江戸で学びたい欲もありました。跡取りでなければ、そうしたかもしれません。江戸へはちょくちょく出られるので、それで満足してしまったのもありますかね。
草木を学ぶのに山歩きをして、土や岩にも詳しくなりました。江戸の薬草問屋や学者友達から、幕府が鉱物に注目しているという話も耳にしていました。江戸にもそう遠くないこの土地に、宝が眠る片鱗が見え隠れしている。だが、私にはどうしていいかわからなかった。もどかしくて、眠れない夜もありました。
父は学者になりたかったようです。老いて伏した父の願いで、東都薬品会にあの石を送りました。
平賀さんとお会いして火浣布の話を持ちかけられた時、父は亡くなったばかりでした。父のように後悔しながら死にたくはないと思って暮らしていました。でも、何をどうすればいいか見当もつかなかった。あなたが、肩を押してくださったのですよ?」
「利兵衛どの・・・」
「そりゃあ、つらいこともありましたが」
「も、申し訳なかったです」
「いえいえ、誤解なさらないでください。金が出なかった事や、弟との争いの事ではありません。私自身のことです。
あなたのような、幕府も認める学者と過ごして、私は自分の力量の無さを思い知らされました。知識の量、頭の回転の速さ、閃きの面白さ。そして、何よりもその情熱。
私は、田舎の学問好きの地頭が分相応です。私には家督を捨てて学問を取る勇気もないし、家財道具全部を売って本を買う潔さもありません」
利兵衛は嫌味で言っているわけでなく、本気でそう思っているらしかった。それは、利兵衛に人並みの責任感や良識があるだけだと鳩渓は思う。
何年も付き合って来た利兵衛には、家督を妹婿に譲って故郷を出た事などは話していた。だが、すでに大金でよんすとんを買った事も知れていた。
「弟と息子の無礼は、お許し下さい。本当は私に向けられるべき怒りです。家長を尊重すべきと叩き込まれているので、私を表立って批判する勇気もないのです。平賀さんには本当に申し訳なく思っています」
利右衛門は、影で下男下女に『兄上は平賀に騙されている』『踊らされている』などと口にしていた。鳩渓だけでなく、利兵衛をも侮辱している。利兵衛は愚か者だと言っているようなものだ。
「弟にしてみれば、私がいなければ・・・例えば早世していれば、彼が家長だったわけで。中島家の財産を減らした私を、家長の義務を怠ったと怒っているのですよ。息子も同じです。彼の場合は、自分の相続分が確実に減らされたので、不服なのです。
したいことをせず後悔して死んだ父を見て来た私とは、考えが違うのです」
利兵衛の話は、だんだん家族への愚痴へと傾いて来た。
適当なところで、鳩渓は「早朝に中津川へ発ちますので」と、休ませてもらった。
鳩渓が布団の上で疲れた足をほぐし、さてそろそろ休もうかという刻、騒がしい怒声がこちらに向かって来るのを感じた。廊下を歩く足音も穏やかでない。
「だから兄上は甘いと言うのだ!」「本を買う金があれば、うちの損を返すべきだ!」と、殆ど怒鳴るような声は利右衛門のものだった。
「失礼!」と襖を開いたその顔は、酒気を帯びていた。目は赤く充血し、口許の筋肉もだらりと締まりがない。外出先でだいぶ飲んで来たようだ。背後では、利右衛門を留めようとしたらしい下男が、おろおろした様子で立っている。
鳩渓は『本当に“失礼”だ』と憤慨しつつ、冷静に「これは利右衛門殿。お帰りでしたか。お留守にお邪魔しております」と礼を以て接した。
「金山は閉山だそうだな」
挨拶も敬語も無く、利右衛門が言った。呂律が怪しかった。
「くだらん獣の本を買う金があるなら、兄上に金を返せ!それが人の道義だろう」
「利兵衛殿に立て替えていただいたお金は、全てお返ししましたが」
鳩渓も負けずに言う。理不尽な言いがかりだった。金山は、金が出る出ないは博打と承知の上の共同事業だ。
準備期間に利兵衛が立て替えた金額が大きくなった頃、利右衛門がキレたという話は聞いた。開山までに返済したが、利右衛門は最初からこの事業が嫌でたまらなかったのだ。火浣布であれほど頑張ったのに、報われなかったという悔しさも手伝ったかもしれない。それとも、兄も平賀も火浣布のことを忘れて金山に夢中になり、それに腹が立ったのかもしれない。
「よんすとんはくだらなくないですよ。素晴らしい図譜です。利右衛門殿もご覧になればわかります」
真っ直ぐな鳩渓は、よんすとんを足蹴に言われて利右衛門を睨み付けた。口調はあくまで穏やかだが、鳩渓も怒りに唇を噛んでいた。
裕福な地主の次男坊は、布団無しで寝た事などないだろう。背中の痛さに夜中に目覚めた事も、明け方の寒さに手足を震え合わせた事も。床で書き物をする肩凝りのつらさも、湯屋に行けぬ不快さも、わかりはしない。学問の為にそれらの決意をする、その想いも理解しないだろう。
「それとも、同じ金を使うなら、学問の本を買うより、江戸に女でも囲った方がいいですか?」
潔癖な鳩渓はその分子供だった。酔った利右衛門に大人げない攻撃をした。
『鳩渓、やめんしゃい!よけい怒らすだけじゃけん』
『相手にしないのが得策だぞ』
国倫も李山も鳩渓を諭した。酔った利右衛門の血走った目に危険を察知していた。
赤かった利右衛門の表情からさっと血の気が引いた。図星だったのか、謂われのない侮辱を受けた怒りからかはわからない。
「この詐欺師野郎!」
床の間には刀掛けがあった。利右衛門は鳩渓の大刀を手に取った。
「あ、それは・・・!」と鳩渓が叫ぶと同時に、利兵衛ら家人も慌てて部屋に駆け付けて来た。利右衛門をはがい締めにしようと踏み込む。
利右衛門が勢いよく鞘を抜いた。銀の色がきらめいた。・・・が、それは刀身の輝きではなかった。布団の上に、豆丁銀がぱらぱらとこぼれ落ちた。利右衛門が握る柄の上、鍔の先には何も無かった。
「それは、旅仕度用のヘソクリ刀です」
旅人は、旅費を一つにまとめない。物取りに遭った時の用心だ。刀や帯や衿に隠して入れるのが普通だった。
利右衛門は柄を投げ捨て再度刀掛けを見たが、そこに脇差は無かった。浪人である平賀は脇差をしない。
「刀など、一番の質草ですよ?」
偽刀は、質屋で貸してくれたものだ。士分が長刀を差すのは決まりなので、とにかく何か差していなければ形にならない。
利右衛門は下男達に抑えられ、後ろ手に掴まれ、床にしゃがまされた。
鳩渓は初めから番所に利右衛門を突き出す気は無かった。だが、兄の利兵衛は、酔って刀を抜いた弟に激昂した。鳩渓の方がなだめる形になり、利兵衛は折れて、それでも弟を十日間土蔵に監禁するという罰を下した。
昨夜の騒ぎでよく眠れなかったが、鳩渓は予定通りの早朝に中島家を後にした。
利兵衛は何度も土下座をして詫びた。鳩渓はそんな仕種は望んでいない。ただ、そこまで利右衛門に恨まれていたのに、ずっと中島家と繋がっていたことが間違っていたと反省もした。
もう、ここの家とは関わるまい。それがお互いの幸福だ。家族同士の複雑な愛憎劇のとばっちりは御免だった。
まだ明け方であり、利兵衛も睡眠不足のはずだが、鳩渓を見送りに出て来た。彼も、平賀との付き合いが終わった事を感じただろう。
「旅に、護身用の道中差も持たれないのは危険でしょう」と、自分の脇差を差し出した。鳩渓は笑って断わる。
「わたしには使えない物なので、荷物になるだけです。鉄は重いですし」
剣の練習は六歳までしかしなかった。脇差も長刀も使いこなす自信などない。足は早いので、逃げた方がマシだ。
そう話して笑うと、利兵衛は真面目な顔で「しかし平賀さんは背が高い。手も長い。剣術ができなくても、物取りの短刀相手であれば、大刀なら何とかなりそうですが」と返す。本気で身を案じてくれているようだった。
「なるほど。では、余裕ができたら刀も買い戻す事にします」
中津川では閉山を告げたが、片付けにも一月以上かかり、届け出も必要であった。秋には解体作業も中断される。働き手が全部引き上げ宿舎が平地になり、役所が閉山としたのは翌年の明和六年のことであった。
第35章へつづく
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